前日降った雪に覆われた五稜郭公園
箱館奉行所や周辺の赤松にもうっすら雪が積もり風情を感じさせます
さてそんな五稜郭公園にやってきたわけは
まちあるきガイドが案内による『五稜郭歴史ガイド』に参加するため
早朝より1時間半ばかり、地元ガイドの案内により幕末の箱館の歴史を面白おかしく聴かせていただきました
五稜郭は、南西側が正面側で,一の橋と二の橋という2つの橋を渡って,五稜郭の中に入りますが
二の橋を渡った先の郭内入り口には箱館奉行所の門がありました
で、門に掲げられた看板には「函館奉行所」ではなく「箱館奉行所」と書かれておりますが
これは明治2年に蝦夷が北海道と改められたときに、「箱舘」は「函館」と改名されたからだそうです
土塁の高台に登りそこから五稜郭の赤松林の奥にそんな箱館奉行所が見て取れますが
雪がかぶってちょっといい感じです
箱館奉行所は日本の北辺防備の拠点として設置された江戸幕府の役所
明治時代に旧箱館奉行所と付属建物の大部分が解体されましたが、ガイド曰く新政府の意向がそうさせたようです
そんな箱館奉行所は平成22年に可能な限り建築当時の材料・工法を使用し復元されました
ちなみにこれでも当時の庁舎の1/3の規模なんだそうです
奉行所の前には五稜郭の設計で有名な武田斐三郎先生の顕彰碑があります
その武田斐三郎先生、大阪で佐久間象山から航海・築城・兵学を、そして緒方洪庵から蘭学を学んだそうで
その多才多能ぶりから、東洋のレオナルド・ダ・ヴィンチと称されるほど
彫像の顔が輝いているのは、触ると頭が良くなるという噂が広まり、多くの人に撫でられてきた証です
ガイドさんの希望だとこの函館に武田斐三郎先生が学校を造っててくれれば、北海道に帝国大学がもう一校あっただろうにと残念がっていました
五稜郭裏口近くには「男爵薯を讃ふ」と書かれた碑がありました
函館ドックの取締役だった、男爵・川田龍吉氏がジャガイモの苗種11種を輸入し、清香農園にて試験栽培したのが「男爵いも」の始まりです
今でも芋の名にその名が残されていますね
ちなみに男爵・川田龍吉氏は日本で初めて自動車のオーナードライバーとなった人物
日本最古の車「ロコモビル蒸気自動車」のオーナーでもありました
さてガイドさんに連れてこられなかったら来ることはなさそうな場所ですが
実はここがあの新撰組副長・土方歳三が埋葬された場所と言われて
土方歳三が討死した後、その亡骸がどこに葬られているのかは謎に包まれていますが
明治32年に行われた「旧幕府史談会」で「伊庭八郎の遺体は五稜郭の土方歳三の隣に埋葬された」という証言が残っていることからこの場所ではと言われているそうです
五稜郭の中にあった建物のほとんどは、前述のとおり箱館戦争の後、新政府により壊されてしまいましたが、こちらの白壁の兵糧庫だけは今も建築当時と同じ姿を見せてくれています
まぁ当然リフォームはされていますが
ちなみにこの白壁の兵糧庫はマンガ「ゴールデンカムイ」で重要な舞台となります
そう作中で、アイヌの金塊の隠し場所が五稜郭と判明し、最終章に向かう場所として登場するそうです
今では聖地巡礼やコスプレの撮影会に使われたりするそうです
そういや昨年の秋に『ゴールデンカムイ』で脚光を浴びている博物館網走監獄を訪問しましたが、知らず知らずにゴールデンカムイの聖地巡礼をしているようです
こんな感じでガイドさんから色々裏話などを聞きながら回れるのがガイドツアーの魅力ですね
今回はありがとうございました、参考になりました
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