世界遺産ヒエラポリス・パムッカレ観光でまずはベルガモン王国時代からローマ帝国時代と続いた遺跡ヒエラポリスを歩く

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さていよいよ世界遺産ヒエラポリス・パムッカレ観光の本番
ツアーバスを駐車場に入れガイドさんとともに北ゲートから入場
ガイドさんとともに歩いてヒエラポリス・パムッカレを回りますが、今回のツアー参加者は私どものみとラッキーなプライベートツアーとなりました
ちなみに北ゲートを入るとベルガモン王国時代からローマ帝国時代と続いた遺跡ヒエラポリスのネクロポリス(共同墓地)から遺跡群が始まります
 

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ちなみにネクロポリス(共同墓地)というのはギリシア語で「死者の町」という意味を持で
巨大な墓地や埋葬場所のことを指すそうです
ヒエラポリスのネクロポリスは、1kmの長さに1,200もの墓があり、世界最大のネクロポリスといわれているそうです
 

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それなりの家柄の墓なのかこんな立派な家型墳墓もありました
 

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石棺の断片表面をよく見ると古代ギリシャ語の碑文が刻まれていました
 

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ヒエラポリスのネクロポリスを抜けたところには「北の大浴場」がありました
ローマ式の大浴場でかつてヒエラポリスにやってきた人はまずここで風呂を浴びて旅の汚れを落としてから門をくぐったそうです
これには外からの疫病の蔓延を食い止めるためでもあったようです
 

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連続アーチをもつ石積みの典型的なローマ建築で
ここが東西文明の十字路トルコというのを感じさせます
 

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ヒエラポリスにやってきた人が温泉で禊を済ませた後、くぐるのは街の南北を貫く
大通りの北門たるローマ門とも呼ばれる「フロンティヌス門」
またの名を「ドミティアン門」
この門はアジア属州総督のフロンティヌスによって建設され、ローマ帝国の第11代皇帝ドミティアヌス帝をたたえて造られたそうです
 

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門をくぐるとコロネード通り
奥に北ビザンツ門が見えていますがガイドさんの話だとこの両脇はマーケットだったそうです
なんとなくイスタンブールの「グランバザール」を思い浮かべてしまいました
 

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中間まで歩いて先ほど潜り抜けたドミティアン門を見返してみました
ここがヒエラポリスのメインストリート
きっと最盛期には数多くの店が並び、さぞ人通りが絶えなかったのでしょう
ガイドさんの話だと写真右の建物跡は公衆トイレであった「ラトリナ」で、なんとなんと水洗トイレだったそうで
吹き出る温泉水を利用して排泄物を流す仕組みで、石畳の下に設けられた下水で外に流すといった、衛生面にも配慮された街だったそうです


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このページは、r-ohtaniが2026年2月14日 06:20に書いた記事です。

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