小説「熊嵐」のモデルとなった三毛別羆事件復元地を訪ねる

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昨今、テレビやネットの情報を見ると、熊が出没したという話題が絶えない
特に朱鞠内湖で釣り人が羆に襲われ食い殺された事件は鮮烈でした(ご冥福をお祈りいたします)
山菜やキノコ採り、渓流釣りそして今はやりのソロキャンプなどで深山に入ることの多い方はこの事件後、入山することを躊躇った方が多いのではと推測させます
ただこうした話は今に始まったわけではありません
私もかなり前ですが、吉村昭著『羆嵐』という小説を読み熊害の恐ろしさを心に刻んでいて山に入る際は極力複数で入山するを徹底している一人です
 

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(AMAZONより拝借)
 


さてその「熊嵐」前述の朱鞠内湖で釣り人が襲われた場所から直線距離で30~40km離れた、苫前郡苫前村三毛別で起きた日本史上最悪の熊害を取材し書かれた作品です
この本を読んでからすでに30年以上たっていますが、バイクで近くまで来ていたこともあり
ようやく今回その事件の現場「三毛別羆事件復元地」を訪れることが出来ました
見学の前にまずは慰霊碑に手を合わせ、被害にあった方々のご冥福をお祈りします
  

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復元地入り口にあった看板「本町の開拓にまつわる史実」には
『臨月の婦人は「腹破らんでくれ!」「のど喰って殺して!」と絶叫し続けついに意識を失った・・・』などといったかなり悍ましい内容の熊害の話がつづられていました
 

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明景家をモデルにした家屋と再現された等身大の羆の模型
羆の模型はちょっと誇張して大きく作ったかとも思いましたが、実際にその大きさは体長2.7m、体重340kgという巨大な羆だったそうで、これは史実に基づき忠実に再現されているようです
なお、三毛別羆事件復元地は本物の羆が現れることがあるので注意が必要とのことでした
もっとも舗装道路も途絶え、携帯も通じない山の中
この日は幸い私以外にも数台ここを訪れる車があったこともあり
安心して訪れることが出来ましたが、一人でバイクに乗って来るにはちょっと怖い場所でもありました
 

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さっそく明景家をモデルにした家屋内部を見学
熊嵐のモデルとなる熊害のあった大正時代は北海道に移住してくる人々が増えた時代、内陸部の開拓が急激に進んだそうです
移住者の多くは東北・北陸地方の出身者でしたが、それ以外にも四国地方からの移住者も多く見られ、日本各地の伝統的文化を北海道にもたらしたそうです
そんな四国の温かい地方から来た方々にとって厳寒の北海道内陸部の生活は辛いものだったでしょうね
この復元された家屋を見てそう感じました
この三毛別の開拓者たちも四国あたりから来た方も多かったそうです
ちなみに我が家のルーツをたどった従妹の話だと、わが大谷家の祖先も四国の愛媛と高知の山間部だったのらしく他人事ではなく考え深く見学させていただきました
 

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復元された囲炉裏も質素なもの
開拓使の苦労を感じさせます
けれどこの囲炉裏での焚火は命をつなぐ火だったのでしょうね
こんな家屋の造りじゃ羆に襲われたら一発で損壊してしまいますね
もっともキャンプの際に使用するテントはこれよりも貧弱
写真家「星野道夫」が、1996年に知床テント泊中に羆に襲われ亡くなった事件が頭をよぎりました

けどまた秋には、その知床の深山でマイタケ採りに行きたいんだよな~
熊スプレー買おうかな
  

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このページは、r-ohtaniが2023年8月 2日 06:19に書いた記事です。

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