日本最南端の岬『佐多岬』へ

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鹿児島港から朝イチでフェリーに乗り大隅半島の端「佐多岬海域公園」までやってきました
目的は半潜水型水中展望船『さたでい号』に乗るため・・・
 

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ところがこの日は時化の為、さたでい号は欠航
この船に乗りたくて鹿児島からフェリーとレンタカーで一路向かってきただけに残念
というか欠航ならホームページなどでその旨、謳っていてほしかった
もっともホームページには「※出航は天候に左右されますので、乗船当日にご確認ください」とは書かれていますが・・・
 

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まぁせっかく大隅半島の端までやってきたのですから
日本最南端の岬『佐多岬』にはいかねばなりません
 

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ということで展望台までは往復30~40分のハイキングコース
これがアップダウンのある800mの遊歩道ということで結構ハード
日中の気温の上がる時間帯ではなく朝一で伺って正解でした
 

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群生するソテツ(国の特別記念物に指定)などの亜熱帯植物に囲まれた「佐多岬遊歩道」を歩いて向かいますが
途中、「枇榔(ビロー)島」を望むことが出来ました
この枇榔島、名前の由来は枇榔(ビロウ)樹が生い茂っていたことによりますが、かつて美女が住んでいたという伝説があり、地元では美女島ともまたは美女ヶ島とも呼ばれているそうです
無人島なのですが、磯釣りのメッカとして広く知られ、四季を通じて大物狙いの釣りファンが訪れる島としても有名なんだそうです
 

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そんなトロピカルな遊歩道を快適に歩いて
本土最南端「佐多岬」に到着
にしても風が強くて吹き飛ばされそうです


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展望台からはほぼ遮るもののない絶景が望め
この奥に本来なら薩摩富士の別名を持つ開聞岳が見えるはずが、この日の天候は今一つ
残念ながら開聞岳は拝めませんでした
 

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ただ50m沖の大輪島に日本最古の灯台の1つ「佐多岬灯台」も見ることが出来ました
佐多岬灯台は日本の「灯台の父」と呼ばれるイギルス人リチャード・ヘンリー・ブラントンが設計・指導で明治4年完成
初代の灯台は昭和20年に空襲により焼失、現在の灯台は昭和25年に再建された2代目です
えっ薩摩とイギリスって、江戸時代に戦争してなかった?とも思いましたが
そんな薩英戦争という血みどろの出会いがきっかけで、薩摩藩とイギリスが互いに認め合い仲が良くなったのだそうです
これはその後の「日英同盟」にもつながっていったのでしょうね
そんな歴史の一端ものぞいてきました


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佐多岬からの帰路は来た道と違う階段の多い遊歩道を歩いてかえりますが
途中古い廃墟のような建物に遭遇
これが佐多岬灯台の灯りを管理していた職員の官舎跡地
当時はイギリス人と日本人用に分かれていて双方がともに暮らしたそうです


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亜熱帯のジャングルの中に鳥居を見つけました
鳥居の先にあるのはその名の通り「御崎(みさき)神社」


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708年創立の由緒ある神社でソテツの生い茂るジャングルの中に赤い屋根の社が鎮座する南国ムードたっぷりの神社を参拝
御朱印も賜ることにしましたが、御朱印に記された日付は令和5年5月5日
ゴー・ゴー・ゴーといったごろの良い数字の御朱印を賜ることが出来ました


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そうそう神社の境内でトカゲの散歩に遭遇しました
尻尾が鮮やかな青みがかった個体でしたので「ニホントカゲ」かと思われます
トカゲは古くから「神の遣い」といわれていますが、神社でトカゲに遭遇するということは、神様に歓迎されているといるのかと思い
感謝をささげ佐多岬を後にします
  

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このページは、r-ohtaniが2023年6月11日 08:34に書いた記事です。

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