アルファロメオ博物館
「Beauty(美しさ)」のフロアの次に訪れるのは
「Speed(スピード)」
アルファロメオは黎明期からレースに参戦していますが
そんなレース活動の中でもアルファロメオがサーキットに伝説を刻み始めた時代
1950年代から見て回ることにします
ちなみにそんなアルファロメオが伝説となった時代の前
大きく立ちはだかる、とある国の車がレース界を支配していました
とある国というのはもちろんドイツ
1930年代にヒトラーの号令の元
ホルヒ、アウディ、ヴァンダラー、DKWの4社合併で結成されたドイツの自動車メーカーに「アウトウニオン(現アウディ)」というメーカーがありました
そのアウトウニオンとメルセデスベンツの2チームのマシンは『シルバー・アロー』 と呼ばれグランプリ・レーシングを支配し
その支配は第二次世界大戦勃発まで続きました
この時代のドイツの技術は、開発に十分な資金が与えられ
人材も豊富、特に軍需産業の技術などには目を見張るものが有りましたからね
自動車の開発も同様、特にアウトウニオンのレーシングカーが採用し、いまは常識となったエンジンのミッドシップ・レイアウトは鮮烈でした
そんなわけでイタリアvsドイツ勢の争いとは熾烈を極め
アルファロメオも高性能自動車メーカーの威信をかけてミッドシップマシンを開発
それがこの「GP Tipo 512」でした
エンジンは水平対向12気筒 DOHC 2ステージ・スーパーチャージャー付き
1490cc 335ps/8600rpm
グランプリの規格として過給機付は排気量1500ccまでと決められていましたので、その規格に合わせたのでしょう
そういやセナ・プロストの乗っていたマクラーレン・MP4/4(ホンダ)のV6エンジン排気量は1,494ccでした
そのエンジンを前述のとおり
ミドシップに搭載
リアアクスルはドディオン方式でミッションはトランスアクスル方式と革新的な技術を超満載
ただし残念なことに、第二次世界大戦が勃発
レースは無期限延期
この車は活躍の場を得ることのない悲劇のモデルとなってしまいました
そんな苦い時代の後、アルファロメオがサーキットに伝説を刻み始めた時代が始まります
まずはドライバー
小さなアルファロメオの愛称となる「アルフェッタ」を駆りモータースポーツの最高峰F1世界選手権の初代チャンピオンに輝いた
「エミリオ・ジュゼッペ・ファリーナ」
表示にある”ニーノ”は愛称なんだそうです
次はレースカー
1950年に開幕したF1世界選手権で全勝と飛ぶ鳥を落とす勢いのアルファロメオ
そのF1を制したのは車は写真のアルファロメオ「158 アルフェッタ"」(もしくは159)というモデル
エンジンはミッドシップからまたフロントに舞い戻ります
シャシはのあのエンツォ・フェラーリ擁するスクーデリア・フェラーリ
ということでサスペンションはフロントがトレーリングアーム・リアがスイングアクスルの4輪独立懸架となっています
ちなみに排気量1500ccで直列8気筒エンジンだから158らしい
偉大なるドライバーと称えられる「ファン・マヌエル・ファンジオ」によって戦後のグランプリを席巻したマシン
「Tipo 159 」
目に取れるほど大きな過給機であるスーパーチャジャーを兼ね備えたDOHCエンジンは
425bhp / 9300をたたき出すモンスターマシンとなっていました
当時としてはけた外れのパワーですね
ボディサイドのスリットがエンジンの周りにしかないのでこれはおそらく159
クアドリフォリオのステッカーが誇らしげです
このエンジンは
12気筒2.5リッターエンジンのようですが、tipo160以降のモデルに搭載されたエンジンのようです
残念ながらこのエンジンはあまり日の目を見なかったようです
ここにはこんな空力を意識したモデルも展示されていました
さて次は少しばかり時計を進めた時代へ
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