黄泉の国へと続くとも思える階段を下り降りていくカッパドキア「デリンクユ地下都市」

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カッパドキアツアー2日目
まず朝一で伺ったのは、「デリンクユ地下都市」
そう地下都市見学は狭い通路を往復するため、通路の順番待ちを避けるためにも
なるべく早い時間帯が良いとの事で前倒しとなりました
  

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黄泉の国へと続くとも思える階段を下り降りていく
地下85メートル、8階層にも及ぶ(専門家には16層という説をとなえる方もいるとか)空間が造られているカッパドキアでも最大規模の古代地下都市内部を見学
  

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ここは私がどうしても来たかった場所で、内部の広さは約4㎢で2万人もの人々が家畜や食料とともに避難できたほどの規模を持つデリンクユ地下都市は近隣にある同様の規模のカイマルクト地下都市とも繋がる長さ5㎞のトンネルがあった事が確認されており
オカルト界では古代核戦争があったとしたら、ここがその際に地下シェルターだったのではと噂される施設です
そうここアナトリア高原はあのヒッタイト帝国の存在した場所
ヒッタイトは鉄を最初に生み出した民族として知られ、その鉄で武器を作り強力な軍事力で広げたその勢力範囲は黒海の沿岸近くから、メソポタミアや地中海まで及んでいたはずが、突然姿を消して忘れられた謎多き古代帝国を築いた民族でもあります
 

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デリンクユ地下都市の断面図があったのでここに貼っておきます
 

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(SometimesのHPより拝借)
 

内部の通路は狭いうえに迷路のように複雑に作られ、万が一敵が侵入した際に防御の役割を果たし
 

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防御を固めるために入口や各階層の連絡口をふさぐための円形扉が設置されていました
 

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十字の形をした教会がありましたが
こうした地下都市は信仰するキリスト教をイスラム国家など侵略者から人々を守る目的で作り始めたという説が有力です
 

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それなりに長い期間暮らすることができるように家としての機能を備えていたようで
こうした食料の貯蔵庫もあったようです
 

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換気シャフトとなる長さ55mの竪穴は、井戸として使われていたようで
ちなみにこの地下都市のあるデリンクユというのは「深い井戸」という意味とのこと
1960年代に再発見されるまでこの地下都市は忘れ去られてはいましたが、その名に名残りはあったようです
 

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そんな竪穴の地上部分にはこうした開口部があり
なんと今ではなんと雪捨て場として機能されていました


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このページは、r-ohtaniが2026年2月 6日 05:49に書いた記事です。

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