バスに1時間揺られ、京都大原の寂光院へ

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京都2日目
バスに1時間ほど揺られ、京都北部大原の寂光院へ向かいます
そうまた京都北部の旅です
同じ日に回れば効率的なのですが、そこが私の旅らしいと言えばらしいところ
向かう途中「大原女」の顔出しパネルが迎えてくれました
さてその大原女、柴を頭に乗せ、京の町まで売りに出かけた行商の女性の事で
平安時代、寂光院に穏棲された建礼門院に仕えた阿波内侍が着ていた衣装がその原型と言われています
 

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そんな大原へは京都地下鉄バス1日キップ(1,100円)を使いお得に旅しますが
この京都地下鉄バス1日キップ、少しマニアックなスポットを巡りたいという方のもぴったりなチケットで
京都市交通局の地下鉄全線や市バスは無論、大原・岩倉へ向かう京都バスや山科・醍醐エリア・京都比叡山線の京阪バスにも乗れると言う優れもの
この日はそんな京都地下鉄バス1日キップを使い、大原や京都観光に使うこととなりました
  

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寂光院〜三千院・勝林院を結ぶルート「大原女の小径」を歩いて寂光院へと向かいますが、各所には「大原女石像」が配置されています
のどかな田園風景が広がり集落の瓦葺の建物が風情を醸し出していますが
ここは京都市内の料理人たちからの評価が高い大原野菜の産地だったりもします
 

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バス停から歩くこと20分ほど、たどり着いた寂光院は
聖徳太子が創建したという歴史あるお寺で
平家物語や建礼門院ゆかりのお寺として知られています
 

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まずは参拝前では有りましたが、御朱印を賜る事に
御朱印は帰りに寄ったところで賜りましたが「地蔵菩薩」と書かれていました
  

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石段を登り切ったところに門松が備えられた山門がありここを潜ります
 

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山門を潜り正面に本堂が見て取れますが
本堂は平成十二年(2000)に放火により消失
本尊の地蔵菩薩立像(重要文化財)も焼損してしまったそうです

本堂では住職からこの寺で祀られる建礼門院や大原女のお話をじっくり聞かせていただきました
その建礼門院徳子、平清盛の娘ですが平家一門の将来を担い高倉天皇と結婚
高倉天皇との間に安徳天皇が生まれまさに平家は栄華を極めますが
源平の争乱にて源氏に敗れ、安徳天皇の最後は壇ノ浦で入水しますが
後を追ったはずの建礼門院徳子は源氏の兵士に救われる
生き残った徳子は平家滅亡後に一族と自身の子である安徳天皇の菩提を弔いここで終生を過ごしんだそうです
学校で習ったはずの平家物語の一節をここでまた聞き直すこととなりました
 

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書院は残念ながら非公開
 

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このあと三千院へ向かいますが、三千院方面に向かう参道沿いに「呂川」が、勝林院に行く道や三千院の境内に「律川」が流れていますが
これが「呂律が回らない」の語源
たまに私も酔っぱらって呂律が回らなくなることが有りますが
そんな語源となった川をここで見ることとなりました
 

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ということで次は大原三千院

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このページは、r-ohtaniが2023年1月31日 05:42に書いた記事です。

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