宿泊する飛騨高山のホテルからひとっ走り
GoogleMapを頼りに走ったことからとんでもない田舎の道を走る羽目になりましたが
冷え込みの厳しい早朝だったこともあり「毛嵐」のある風景にも出会うことが出来ました
そんな田舎道を走りやって来たのは飛騨市神岡町
まずやって来たのは神通川
公害第1号として認定(昭和43年(1968年))された「イタイイタイ病」の発生地として知られる川です
今でこそサクラマスなどが生息し、多くの釣り人に愛される河川となりましたが、奈良時代から採掘がはじまったとされる歴史の古い鉱山は大量のカドミュームを流し
日本で初めて公害裁判で企業が敗訴した裁判となりました
この事実は小学校か何かの教科書で習った記憶があり、そんな舞台を今回見ることとなりました
その後は時間の都合で昭和45年に神岡町のシンボルとして建てられた神岡城天守閣に立ち寄りチラ見したあと
やって来たのは道の駅宙(スカイ)ドーム神岡
ここにある、ひだ宇宙科学館「カミオカラボ」見学が目的でしたが
はまだやっていなかったため、隣接する売店を散策
実はここ神岡町にやって来た本当の理由は
地元民に愛される昔ながらの酒造りを行ってきた大坪酒造を訪ねる事だったのですが
残念ながら酒蔵はお休みでしたが、ここで「神代」は販売されていました
ここに来たもう一つの理由が理系の我が家の奥さんが訪れたい
「ひだ宇宙科学館カミオカラボ」
本来なら東京大学の宇宙線研究所である世界最大の地下ニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」
2002年、前身施設「カミオカンデ」での小柴昌俊さんがノーベル物理学賞
2015年にはそのスーパーカミオカンデを使った、ニュートリノ振動を実証した功績で梶田隆章さんノーベル物理学賞と2回のノーベル賞につながる成果を上げた施設です
これだけ聞くと「ノーベル症」を患う某国が一番欲しい施設なのかもしれません
こいつを一目見てみたい気持ちはありますが、スーパーカミオカンデを一般の方が見学できるのは、年にごく数回と限られているうえ応募が殺到するそう
都合よく伺えないことから今回はいつでもその研究内容に触れたり、体験できる施設「ひだ宇宙科学館カミオカラボ」を訪れたというわけです
ちなみに「ひだ宇宙科学館カミオカラボ」は内容は豊富
ノーベル賞受賞者2名を排出したカミオカンデの全貌の一端をを見ることが出来る施設でもありながら、なんと無料といった太っ腹な施設であったりします
施設の内容はと言うと、スーパーカミオカンデの中に潜入したかのような、大型スクリーンを使った壮大な映像を3D映像で見られるのですが
たまたまこの日訪問者が少なかったことからかスタッフと言うか、以前研究者だったらしき方から親切に説明をうけじっくり宇宙の神秘にふれてきました
スーパーカミオカンデは地下1,000mに直径39.3メートル、高さ41.4メートルの5万tの超純水を蓄えた円筒形のステンレス製水タンクの観測装置
そのタンク内には内向きに光電子増倍管と呼ばれる光センサーが、11,129本取り付けられています
スタッフに聞いたところ光電子増倍管から伸びているケーブルは上下でかなり長さが違うはずですが、精度を求められるためすべて同じ長さ
上のほうに付く光電子増倍管から伸びるケーブルはほどんどが束ねられ蜷局を巻いているのだとか
このひだ宇宙科学館「カミオカラボ」にもレプリカでは有りますが、ずらーと並ぶ光倍子増倍管の模型が展示されています
それがこの光電子増倍管の本物
その光電子増倍管、静岡県浜松市の光関連電子機器メーカー「浜松ホトニクス」の作成されました
これは工業高校出身の30歳前後の若い技術者たちが、苦労して製造に成功した実験装置で日本の匠がここに有りました
ここでは一つずつ手作りで作る「吹きガラス」の作成の様子も動画で紹介されていました
ちなみに2002年に小柴昌俊氏がノーベル物理学賞を受賞したその同年、島津製作所の田中耕一さんもノーベル化学賞を受賞したが、その分析器にも浜松ホトニクスが供給した部品が使用されていたのだそうです
こうした技術いやもとい「匠」は国外に流出してほしくない日本の宝
2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏も最終講義で「浜ホトの技術があるので負けません」と同社を称えたのだそうです
最後に色紙にあった小柴昌俊先生の言葉
『やればできる』
こころに刻んでおきます
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