糸魚川にある加賀の井酒造から宇奈月温泉への帰り道
天下の険として有名な親不知、子不知海岸が展望できる親不知記念広場にやってきました
ここ親不知記念広場から望む海岸線
北アルプスはここから始まりますが、飛騨山脈の北端が侵食されたためにできた、ダイナミックな断崖絶壁が日本海へ落ち込んでいます
昔は越後から越中へ抜ける道はここしかなく、この海岸沿いを通って行きかっていたそうです
親不知記念広場にある愛の母子像には
愛の母子像が国道を往来する人々の安全を見守り、台座には糸魚川が生んだ文豪 相馬御風の「かくり岩に 寄せてくだくる 沖つ浪の ほのかに白き ほしあかりかも」の歌が刻まれています
とはいえ母子像というとどうしてもこの歌が思い出されます
それが平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児をふところから取り落とし、波にさらわれてしまった際に悲しみのあまり詠んだ「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」というとても悲しい歌
この歌が由来となり親不知、子不知海岸の名がついたそんな話もあるそうです
続いて国道8号線を少し進んだところに
親不知観光ホテルがありますが、駐車場に「国名勝 おくのほそ道の風景地 親しらず」の看板があったのでこちらにも立ち寄りました
どうやら松尾芭蕉ゆかりの地らしいのですが、松尾芭蕉はこんなところにも来ていたんですね
看板を見るとどうやらこの駐車場から親不知、子不知の海岸線まで降りることが可能なのようなので
日が落ちかけているうえ、東側遊歩道はけもの道に毛が生えた程度の通路で不安もありましたが、降りていくことに
途中「親不知レンガトンネル」という土木遺産にも出会いました
大正元年に竣工した鉄道で北陸道最大の難所天険親不知の断崖絶壁を貫通させ、整備された鉄道トンネルだそうで
昭和40年まで使われていたそうです
廃線マニアにはたまらない景色なんでしょうね
遊歩道を下るとさらに勾配がきつくなりましたが、そこからは急階段を降りていくことに
10分くらいの行程でしょうか
なんとか親不知子不知の海岸線にたどり着きましたが、そこは荒波砕ける日本海
もう少し干潮になった時に渡ったんでしょうけど
ちょっと遅れたらこんな波の海岸線を渡らなくてはならぬと思うとぞっとします
荒波で轟音とどろく海岸線ということもあり
動画で撮っていたところ、思わぬほど大きな荒波が押し寄せてくることに
間一髪のところで波は交わしましたが、スニーカーはびっしょり濡れてしまい
あやうく私も清頼盛の夫人の愛児よろしく波にさらわれてしまうところでした