昨年末正月休みの渡米に備えて一冊の本を読んでおいた
それが『スミソニアンは何を展示してきたか』
A. へンダーソン・A. L. ケプラー著
この本の中で私自身大変興味をそそられ幾ページにも渡り長々と述べられている項があった
それがライト兄弟のライトフライヤー号の話である
ちなみにここスミソニアン航空宇宙博物館でもここぞという場所に大きなスペースをもって
そうもっと重要なスペースにこのライトフライヤー号は収められていた
そりゃそうだろう長い歴史を持たないアメリカ人にとって
人類史の輝ける 功績という数少ない偉業を誇れるのだから
『1903年年、12月17日、アメリカ・ノースカロライナ州のキティホークの海岸で、ウィルバーとオーヴィルのライト兄弟が、動力を使用した飛行機の初飛行に成功した』
ところが今では当たり前のように語られるこの話を
スミソニアン協会は認めようとはしなかった
一般的に人間が空を飛ぶ、そんな与太話いったい誰が信じるの
そんな時代です
もっともこの話には政治的な何かが働いたようですが
(まあいまだ本当にこれが飛ぶのか検証は必要な要素もあるようですが)
こういったライト兄弟とスミソニアン協会の確執もあり、このライトフライヤー号はでロンドンの科学博物館に展示されていました
アポロ11とならぶアメリカ人の作った人類の宝が海を渡ったままになっていたのだそうです
「スミソニアンは何を展示してきたか」にはそんな話が書かれていました
そして1948年にライトフライヤー号は再びアメリカの地に取り戻されました
1903年に人類で初めて飛行機を操縦したオーヴィル・ライトが亡くなった後の話なんだそうです
ちなみにいがみ合っていたはずのスミソニアンになぜこの機体があるのか
それはオーヴィル・ライトの遺書にこうしたためられているからです
「私は、1903年12月17日にノースカロライナを飛んだキティーホーク号を、国の都市でのみ展示するために、ワシントンDCのアメリカ合衆国国立博物館にライト飛行機(現在、ロンドンの科学博物館にある)を寄贈することを遺言に残す。」