さて沖縄2日目
キャンプコートニーでのフリマに参加した後、某所で所要を済ませ
向かったのが「嘉数高台公園」
この公園の展望台からは、話題の普天間飛行場が一望できます
飛行場にはMB-22Bオスプレイが駐機
いつもTVや写真で見られる風景が飛び込んできました
確かに、ここから飛行場を望むと住宅地と隣接しているのがよく分かります
こんな市街地では米軍も作戦に影響が出かねないことから、移転を希望しているとも聞きます
私自身は過去の地元住民や米軍との話し合いで決まった辺野古への移転しかないだろうとは思いますが、イデオロギー闘争に加えてなぜか某国?も絡んでいるようで泥沼の様相となっているようです
この普天間飛行場を望むのは
地球をイメージした展望台
いまは嘉数高台公園となる嘉数高地は沖縄戦の激戦地
天然の要塞となるこの丘に陣を敷き米軍との一進一退の死闘が16日間にも及び展開したのだそうです
戦闘で使用された「トーチカ」が残されていました
いや~暑い沖縄でヘルメットに軍服と軍靴で身をまとい、こんな狭い中に閉じこもって戦ったんですね
想像を絶しました
同じ摩文仁の丘にある
「京都部隊激戦死守の地」の碑
嘉数高台の守備隊には京都出身者が多かったようです
(なんと将兵2,530人余)
「島根の兵奮戦之地」
韓民族出身沖縄戦戦没者慰霊「青丘の塔」
それぞれの碑の前でご冥福を祈あせていただきました
ちなみに普天間飛行場の滑走路は2,800m
3,700mの滑走路2本を有する嘉手納飛行場とは比べようもありません
確かに米空軍と米海兵隊、軍事的意味合いからは一緒にというのは難しいのかもしれませ
けれど以前、嘉手納統合も真剣に話されていた時期もあったようですが、なぜか消えてしまったようです
沖縄の基地問題の根は深そうですが、普天間飛行場が占める土地のうち、およそ92%は私有地
何と毎年60億円もの賃借料が地主に支払われているそうですが、基地が返還されると困る地主も問題の一端のようです