2013年3月アーカイブ

マラネッロにあるフェラーリミュージアム
入場してすぐの1FにはF1などで活躍した歴代のレーシングカーが並んでいました


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フェラーリは自動車レースの最高峰であるF-1においてのコンストラクター活動が有名ですが、ちょっと前まではSWC(スポーツカー世界選手権)や耐久レースそしてF2にも参戦していました
そんな名残りフェラーリのF2マシン
「166 F2」
1940年代のマシンですが、このマシンに搭載されているエンジンが12気筒というから驚きです
 

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フェラーリはヨーロッパの覇者としてルマンなどの耐久レースにも参戦
そのころのマシン「フェラーリ512BB LM」
 

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後ろからハッチバックの中を覗くとそこにはエンジンが搭載されています
ちょっと違和感を感じるといいうか、五月蠅いだろうなと思いつつも、これぞミッドシップシップレイアウトというのを見せつけてくれます
 

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そのほかにも昔懐かしいGTカーがずらり
こういったマシンを見ているとなんだか「マッハ GO!GO!GO!」のオープニングテーマを思い出しました
~風もふるえるヘアピンカーブ♪
~こわいものかとゴー・ゴー・ゴー♪

そういう世代なんです
 

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さてフェラーリといえばやはりF1
カーNO27はナイジェル・マンセルの駆ったマシン
「フェラーリ 640」です
 

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フェラーリのF1に初めてセミオートマが採用されたマシンで
内部を覗くと、今風のゴテゴテしたステアリングではなく
ステアリングにはいかにも取ってつけたようなスイッチがあります
左側にも同様にスイッチパネルが配置されていました
 

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ジル・ヴィルヌーブのマシン
「フェラーリ312T4」


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マンセルのマシンと並べられ展示されていました
ちなみに後日紹介しますが、特別展としてちょうど
完璧な「ジル・ヴィルヌーブ、彼のフェラーリ時代」展というのが2Fのフロアで開催されていました
 

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一番新しいマシンは「フェラーリ・150°イタリア」
フェルペ・マッサとフェルナンド・アロンソが乗っていたマシンです
やはり新しいF1マシンはかっこいいですね
 

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工業製品も極めると芸術品と言ってもよいものがあります
フェラーリのエンジンはその最たるものの一つかと思います
こうしたF1のエンジンも展示されていました
 

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こうした歴代のフェラーリのF1マシンをこれだけ間近で見れるのはこのマラネッロのフェラーリミュージアムだけではないでしょうか
・・・・おっとそういえばドバイにも「フェラーリ・ワールド」ってのが出来たんでしたね
こちらもそのうち行ってみねばならないようです
 

さて次は2Fにあがり市販車のコーナーを物色
フェラーリがいうところのロードカーを舐めるように見ることにします

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フェラーリミュージアム、レーシングカーばかりが展示されている1Fから2Fに向かう途中の中2階には
エンツォ・フェラーリのオフィスのレプリカが展示されていました
 

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そのオフィスのレプリカの前にはフェラーリらしからぬ4ドアセダンが展示されています
サインボードには「FERRARI PNIN 1980」と書かれていました
「FERRARI P6」という車も同じ場所に展示されていましたが、これらはエンツォ・フェラーリ縁の品
もしかして生前エンッオ本人が乗っていた車だったのでしょうか?

さてそんな中2階から、2階にあるロードカー展示室へ

 

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新旧さまざまなフェラーリのロードカーが並べられていますが、これらはフェラーリオーナーから貸し出されたものだそうです
おかげでいつ行っても展示しているフェラーリは違うものなんだとか
それはさておき展示されているフェラーリは結構古い年代のものもありますが、みな同様にピカピカです
大事に乗られていたんだろうな、しかもいつも手入れを欠かさず
よく日本人ほど洗車の好きな民族は居ないなどと比喩されたりもしますが、日本人だけではなくイタリア人も同様のようです

 
さてそんな1台
まずご紹介するのが「DINO 206GT」
フェラーリには珍しくV型6気筒エンジンをミッドシップにマウントした市販車です
F2用エンジンホモロゲートの条件となる台数確保のためつくられた車両で
本来フェラーリでは無いという方もいるようですが、このデザイン1967年の生産ということを鑑みると斬新ですよね
エンツォが最も愛した車とも言われています
 

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そしてフェラーリといえばテスタロッサ
プロ野球界では定番のスーパーカーで
あの清原選手が現金を風呂敷に包んでフェラーリ・テスタロッサを買いに行ったという話が残っているくらいです(都市伝説かもしれませんが)
 
 
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続いて「512BB」(もしかして365GT/4 BBかもしれません)
512は5リッターの12気筒をさし、BB(ベルリネッター・ボクサー)は2ドアクーペ・水平対向エンジンの意味、判りやすいペットネームですね
 

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512BBから向こうには「365GTB/4スパイダー」
ディトナの愛称であまりにも有名な一台、そのオープンカーである「スパイダー」というから贅沢ですね
映画「マイアミバイス」にも登場いたしました
そしてディーノ
一番奥にあるのは「275 GTB」と名車が並びます
 

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フェラーリのスパイダーといえば、現代版「デイトナスパイダー」ともいわれる
「550バルケッタ ピニンファリーナ」
ピニンファリーナが創業70周年を迎ることを記念して造られた車です


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バルケッタの名の通り2シーターのオープンカー
運転席が良く見てとれます

屋根は一応ついているんだそうですが
雨が降ったら乗らない車なのかも知れません
 

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もう一台隣にあったオープンカーは
「360バルケッタ」
故フィアット会長のジャンニ・アニエッリ氏が、フェラーリ社会長のルカ・コルデロ・ディ・モンテゼモーロ氏の結婚祝いとして贈ったモデル
サインボードには(ワンオフ ルカ・ディ・モンテゼモーロ)と表記されていました
 

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銀色に輝くボディはアルミ押し出し成型
3600ccのV型8気筒のエンジンを
ミッドシップにレイアウトする贅沢なオープンカーです

世界に1台のモデル
これ欲しいかも
 

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オープンカーばかりの紹介ですが、最後にもう一台
「SA アぺルタ」
史上、最高級のフェラーリと評されるフェラーリです
 

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さてフェラーリミュージアム探求はまだ続きます

伝説のドライバーと言われる「ジル・ヴィルヌーヴ」
母国であるカナダでは、初勝利を遂げたイル・ノートルダム・サーキットをジル・ヴィルヌーヴ・サーキットと改名したり
今回訪れたこのマラネッロの地にもジル・ヴィルヌーヴ通りがあるなど彼に対する評価は非常に高い
F1に限って言えば彼にはたった5年の戦績、しかもチャンピオンは争いすら経験がないのにもかかわらずのことである

そんなジルの特設展を、たまたま訪れたフェラーリミュージアムでやっていた
その名も完璧な「ジル・ヴィルヌーヴ、彼のフェラーリ時代」展
マラネッロまで来て本当によかった
 

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ジル・ヴィルヌーヴのことをウィキペディアのなかで下記のように評していたが、的を得ているように思える
『F1における通算成績はポールポジション2回、ファステストラップ8回、優勝6回、チャンピオン経験なしであり、数字だけを見れば「少し速いドライバー」レベルのものである。しかし、傑出した才能やレースに対するクリーンな姿勢、諸映像に残るアグレッシブな走りから「史上最高のF1ドライバー」「記録より記憶に残るドライバー」と賞賛され、現在も後進ドライバーから憧れの対象とされることがある。』


そして彼はフェラーリなしでは語れない
エンツォ・フェラーリのお眼鏡にかなったドライバーで彼を抜擢しそして誰よりも評価していた
愛していたといっても過言ではないでしょう
この特別展にはF1マシンとともにエンッオと談笑するレーシングスーツ姿のジルの写真も飾られていました
 

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さてこのF1マシン
「FERRARI 126C(1981)」に貼られているカーナンバー「27」
ヴィルヌーヴの獅子奮迅の活躍と悲劇の死により、27番はティフォシから「偉大な番号」として愛されているものらしい

そんな27番を横にし記念撮影
イタリア語はわかりませんが「ピクチャー・プリ~ズ」と来場していたアベックの男性のほうにコンデジを差し出したら
同じキャノンねって言ってごっついデジイチを抱えていた女性のほうが撮影してくれました

 
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ニキ・ラウダもこのモデルに乗ってましたが、こんな間近でF1の写真が撮れるんです
パリのルーブル博物館もそうでしたが、やはり来場者を信頼できる大人の国って良いな
 

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パネルの写真で後から見て、お~写っていたと思ったのがこの写真
フォーミラー・インディカートの向こうにヴィルヌーヴの家族が写っています
そうですジルの息子ジャック・ヴィルヌーヴの幼少時代の写真のパネルがありました

そういやジル・ヴィルヌーヴって家族を大切にし家族とともにモーターホームでヨーロッパを転戦したんでしたね
ちなみにこのジャック・ヴィルヌーヴ
ジル・ヴィルヌーヴの死んだ15年後の1997年、F1でヨーロッパなどを転戦し父が果たせなかったワールドチャンピオンをもぎ取ることになります
 

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当時住んでいたモンテカルロからマラネッロまでを記録的なタイムで走らせた
ジル・ヴィルヌーヴの愛車308GTSも展示されていました
ちなみに彼は母国であるカナダでもスピード違反の常習者だったようです
 

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展示物は車だけではなく、部品やらレーシングスーツも飾られています
オークションに出されたらいくらの値がつくんだろうと思わずにいられません
 

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表彰時のシャンパンファイトに使われた瓶もありました
このころは「MOET」だったんですね
ジル・ヴィルヌーヴのF1での優勝は6回限りですから貴重な1本です
 

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そんな特別展ですが、帰りのバスもありますのでこの辺で退散
おっとその前に土産を買いにフェラーリショップに行かねば
 

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フェラーリ・ストア

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「フェラーリ・ストア」というオフィシャルグッズ・ショップ
最初にこのお店に出会ったのは3年ほど前
ハワイはオワフ島、カラカウア通り沿いロイヤル・ハワイアン・センターに出店していたのを見たのが最初でした
 
ブランド品点が軒を並べるオワフ島の繁華街ワイキキに店を構えるだけあって
オフィシャル・ショップというよりはブティクといった雰囲気でその時は足を踏み入れることができませんでした
 

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こうしたフェラーリ・ストアはワイキキやラスベガスなどアメリカに出店しているだけではなく上海・ドバイ・リオ・デ・ジャネイロなどの新興国を含め、いま世界各国に積極的に展開しているようです
もちろんイタリアの玄関口フミチーノ空港にもこうしたフェラーリ・ストアがありました


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今回訪れたフェラーリミュージアムもご多分にもれずフェラーリ・ストアがあり
出入り口にはカフェと併設される形で出店しています
 

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でも私どもが訪れたのはここではなく
フェラーリ本社前にある元祖フェラーリ・ストアでお土産を物色します

じつはフェラーリミュージアムに行く際
場所がわからなくて、このフェラーリ・ストアで道を聞いていたからです
その際、東洋系のスタッフにへ聞いたのですが
たくそな英語とあって日本人だとバレバレ、道順はなんと日本語で教えてくれました
それもそのはずその東洋系の女性は日本人でした
最近の海外で活躍している日本女性を見かける機械が多いのですが、頑張ってるな~と思う反面
日本男児はどこに行ったんでしょうか?
 
ちなみに建物の上のほうに見えるのはホテルなんだそうです
ここに泊ってフェラーリゆかりの地を巡るのもなんだか楽しそうですね
 

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店にはF1マシンがディスプレィされています
 

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店内はこんな感じですが、まだまだ奥行きがあり
Tシャツやらキャップなどアパレルを中心に結構な商品が並びます
 

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ここに来た記念にお土産数点購入いたしました
 

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そのお土産の一品、フェラーリのテディベア
なかなか良いでしょう
 

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おかげさまで8周年

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2005年3月6日に「おおたに家の日記」として産声を上げたこのblog
今日をもちまして8周年を迎えました

当初は道内を巡るキャンプの話やキャンピングカーについてなどの話が中心でしたが
現在は正月やゴールデンウイーク、お盆休みなどに行った海外旅行の話を2か月ほどかけ更新しているのが現状です
あまりにもチンタラチンタラ更新しているのでいつも海外に行っているかのようにも言われますが、私もサラリーマンですから、そんなに休みも取れるはずもなく
正月やGWなど長期に休みが取れる時期に行っています
 

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blogの更新も様変わりし、今ではiPhoneでの更新回数が増えました
普段私は朝夕、電車にて通勤していますが
そんな電車待ちや電車に乗っている最中に更新できることから、現在は何とか更新回数が稼げるようになりました
 

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もっとも今年はこのblogの本来の趣旨であるキャンプの話をUP出来るよう
もう少しキャンプの回数を増やしたいものです

年輪

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私のblogはおかげさまで8周年を迎えたが、今週そんなものはついさっきのことと思わせるものをいただいた
それがこの北華楼のバームクーヘン「妖精の森」
私の勤める会社に関連するとある会社が、今月で70年を迎えることを記念したものです
そこには「祝70」という文字が焼き付けられていました
 

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70年という年数を鑑みるとこのバームクーヘン、まるでその断面が樹木の年輪のようにも見えてくるから不思議ですね
もしかしたらそんな意味合いもあったのかもしれません
ちなみに3月4日はバームクーヘンの日
ユーハイム創始者カール・ユーハイムが日本で初めてバウムクーヘンを焼きあげた日なんだそうだ
そんなちょっとタイムリーな贈り物
ありがたく頂かせていただきます

今から4年ほど前のエントリー
LCC 新千歳~マカオ就航
このエントリーで紹介しましたが
最初にLCC(ロー・コスト・キャリア)の名を知ったのはこの「格安エアラインで世界一周」下川裕治著という本を読んだときのことでした

この本を読んで、LCCは良い意味悪い意味でも普及するだろうな~と思ったのは
航空業界は好む好まざるとに関わらず、グローバリズムに支配されているからです
そうです地球に空は一つしかなく航空機は世界中どこにでも行けます


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さて昨年、流行語大賞にもノミネートされるほど知名度をました「格安航空会社 LCC」
知名度はあるもののLCCはなぜ安いのか?

先週の金曜日に放映された金曜ロードSHOW!の特別企画ドラマ
「チープ・フライト」で、そんな内情を見事に映像化してくれていました

特にこのドラマを観て思ったのが、航空券代が安いことが中にはデフレの一種と思われる側面もあって
JALやANAと同じようなサービスを求める方もいらっしゃる
そんな方たちへLCCはこういったものだという告知ドラマのようにも感じました

向井理扮する加茂川隆がはっきりと言いきる
「客は荷物」この言葉がすべてを物語っています

できることなら連ドラ化してもらいたい
そんなドラマでした


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(アマゾンHPより拝借)
 

それにしても毎週木曜日には「あぽやん」も観ているし
最近ドラマづいてるな~

普段TV観てない私なのに

ボローニャ駅を出ていく鉄道はイタリアはトレニタリア
「フィレッチャ ロッサ」です
時速300kmを誇る高速鉄道
ちなみにフレッチャロッサとは赤い矢を意味するのだそうです
 


 

マラネッロからモデナに戻った後はまた鉄道の旅
モデナ駅でトレニタリアの切符を購入
いつも手まどう切符の自販機と格闘しながらも
モデナ~ボローニャとボローニャ~ローマ・テルミニ間の切符をここで合わせて購入することができました


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まずはローカル列車レッジョナーレに乗り込みます
E464電気機関車が牽引するいかにも地方路線ですが、さすがは椅子の文化ヨーロッパの列車
日本のローカル線ではあまり見られない、おしゃれなシートで座席数は少なかったのですがなんとか席を確保できボローニャを目指します
 

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ボローニャから乗車するのは、フレッチャ ロッサ
名前の由来となったその牽引車の赤がひときわ目立ちます
 

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ただし今回は2等車の自由席
人気の路線に加えこの日は日曜日
残念ながら満車で座ることはできませんでした
突っ立って2時間半の鉄道の旅はちょっと辛い
そこで食堂車にでも遊びに行くことに

食堂車のカウンターには当然のようにエスプレッソマシンがあります
ここでカフェラテとサンドイッチを頼み食堂車でまったりすることにします
 

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食堂車はこんな感じで、席もゆったり
そうコーヒー一杯とサンドイッチでローマ・テルミニまでの2時間半をここで過ごすことにします
 

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さて新しくレンタルしたサーバーでの初のエントリーです

この「胡乱(うろん)な日々」
今月8周年を迎えていますが、当初はLINUXに挑戦したくて自宅サーバーをたてそこで運用していました
その後はWINDOWSサーバーにとOSを変えつつも10年近く自宅の書斎にサーバーを置いていたのですが・・・・ 
 

 

その自宅サーバー
一昨年前くらいから調子が悪くなっておりますが
悪いことは重なるもので、ちょうど一昨年前くらいから私の会社での勤務の形態が変わり
その自宅サーバーの面倒をみる時間が取れなくなってしまいました
そうです大変危険な状態になりつつあります

そこで一大決心をし、レンタルサーバーを導入いたしました

現在見ていただいているBlogがその新しいレンタルサーバーにアップしたものなのですが
現在データなどの移管のため格闘中です

レンタルしたのは「さくらインターネットサーバー」
30GBが使えて年間5,000円とそんなに高くはありません
マルチドメインにも対応していますし
CGI・PHPもそれなりに使えそうです
URLも1個ついていましたので、現在使用していますダイナミックDNSからそちらに移行することにしました
 


 

(さくらインターネットHPより拝借)

ということでこのBlogのアドレスが変わりました
現在閲覧いただいているこのblogがそうなのですが
念のため新しいアドレスは

http://catalina.sakura.ne.jp/blog/


『閲覧していただいていらっしゃる方』

『ブックマークされている方』

『ありがたく「リンク」を貼らせていただいている方』などいらっしゃいましたら
ご面倒でしょうが、どうぞこちらに変更いただきますようお願いいたします

どうぞこれからも「胡乱(うろん)な日々」
可能な限り毎日でも更新していきますのでこれからもどうぞよろしくお願いいたします


ところでURLが変わる関係で写真のサイトパスの変更を余儀なくされています
エントリーの内容 (body)に書き込まれていますから、一括での変更はできそうにありません
1万枚×2近くはあるでしょうから、それらのサイトパスの変更が厄介で難儀しています

ローマでナポリタン?を食す

| コメント(0)

イタリアで本場のパスタ「ナポリタン」を食べてきたと言うと笑われるのかもしれません
そうです「ナポリタン」は日本発祥の料理として広く認知されているからです
でも本当にそうなのでしょうか?
確かにトマトケチャップで味付けしたスパゲティ・ナポリタンは日本が起源の料理と言って差し支えないでしょうが、そんなナポリタンには実は元となった料理があったようなのです
かといってその元となった料理はイタリア料理ってわけでもないようです

大正時代から日本では洋食と言えばフランス料理でした
そのフランス料理には付け合わせとして、パスタが皿に添えられていることがあります
そんな付け合わせのパスタはフランス料理の教科書ともいえるエスコフィエの料理集の中にも「ナポリ風ガルニ」という料理で紹介されていて
茹でたスパゲッティにチーズとトマトピューレとバターを和えると書かれています
そんな料理が大正時代に日本に伝えられていた可能性があり、それがナポリタンの起源となったという説があるくらいなのです
そういえば今でも弁当の片隅にナポリタンの添え物があったりしますね

まあまったく何もないところから「スパゲティ・ナポリタン」が生まれたという話よりはこちらのほうが信ぴょう性が高いように思えます
 
 

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写真の料理
メニューのパスタの貢にあった
ナポリタンン・ソースと書かれたスパゲティを頼んださい出てきたものです
 

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食べたのは今年正月に伺ったイタリアはローマ
バルベニーニ駅近くの
「テラッツア バルベリーニ (TERRAZZA BARBERINI)」というお店です
 

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日本人ご用達のお店らしく
店の玄関には「JCB」使えますよって宣伝されています
いかにもスパゲティ・ナポリタンらしきメニューがあったのもそんなわけなのかも知れません

IFには惣菜やデザートの並ぶカフェというのかBARというのかそんなお店
 

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奥には立ち飲みのBARがあり
なんとなく土曜の夕方FMでやっている東京一の日常会話
「アバンティ」のウェイティングバーを髣髴させました
 

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2Fは本格的なイタリアンレストラン
予約はしていませんでしたが、快く入店させていただきました
 

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スパゲティ・ナポリタン?の他に頼んだのは
「マルゲリータ」とイタリア名産の生ハム「プロシュート」
こちらの大変美味しかったですし
イタリアンビールとスパークリングワイン(プロセッコ)のハーフボトルも頼みましたが、会計は€52(日本円で5千円ちょっと)と割安
スタッフの対応も良く満足の夕食となりました
 

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アジアや東南アジアでホテルに宿泊する際はたいていは朝食をプランに付けておくことにしています
物価の安いそういった地域では、格安で泊まれるので朝食をつけてもたいして宿泊料金が変わらないからです
それに加え食事の美味しいアジアや東南アジアでは、舌の肥えた方が多いせいかホテルの朝食も美味しいんです
それに加えそれがビュッフェだったりすると見栄張りはお国柄とあって、とてつもなく豪華なビュッフェだったりするからです
 

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今回宿泊した「ホテル・デッレ・ナツィオーニ・ローマ」
そんな豪勢な朝食は期待できませんが、朝食付きのプランで予約してありました
ホテル近くのBARあたりに出かけることも考えましたが、朝はやくからあちこち観光に出かけることになりそうだったので、朝食に時間はとれません
ゆったりとしかもさっさと朝食が取れるのはやはりホテルでの朝食だということもあり
朝食ビュッフェを予約してありました

そんな朝食ビュッフェ
まずはコーヒー
ビュッフェレストランには当然のようにエスプレッソマシンが鎮座してます
どこにいっても美味しいコーヒーが飲めるお国柄のようです

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そしてヨーロッパではどこに行っても美味しいパンが食べられます
朝食はそんなパンをちょっと変わったトースターで焼きます
 

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他にはハムやチーズ、そしてスクランブルエッグ
果物はもちろん、ヨーグルトがこれでもかと並べられていました
 

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アジアのような豪勢な朝食ではありませんが
いかにもコンチネンタルフブレックファーストといったシンプルイズベストの朝食を食べ
ローマの街に繰り出すことといたします
 

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写真は来年度のJALのステイタスカード
「JGCプレミア」です
このカードはまさに魔法のカード

海外旅行の際、まれにエコノミークラスからビジネスクラスにアップグレードされたりとJALの魔法を受けたりもしますが、そのほかに定番となる特典が満載です
 

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JALをはじめとしたワンワールドアライアンスの航空キャリアの航空機に乗る際は
キャンセル待ちが(最)優先されるので、急に休みが取れたのだが行きたい便は予約がいっぱい
そんなときもキャンセル待ちでチケットが取りやすいのが一番の魅力です

空席待ちも(最)優先されるので、早くに空港につき便を早めたい時も便利です

それに会社勤めの私たちが旅行に行けるのは基本的に正月やお盆休みGWなどですが、そんな繁忙期でもファーストクラステェックインカウンターでチェックインしたり
専用セキュリティゲートを潜れるので空港で混雑とは無縁となります

さっさとセキュリティを潜り、ファーストクラスラウンジでまったりというのが、我が家の定番となっています
そんなサービスに加え、今回もそのステータスカードにはこんなものまでついて送られてきました
 

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「国内線ファーストクラスアップグレードクーポン」
昨年初めて国内線ファーストクラスに初搭乗経験いたしましたが、なかなかどうして
それはもう1時間くらいは乗っていたいとも思わせるほどのものでした
今年はこの国内線ファーストクラスに乗って沖縄あたりに行ってみたいものです
もちろん幻の焼酎「森伊蔵」飲みつつ


こうした特典の数々に誘われ、いつの間にかJALに囲われている私がいます
そうJALに乗っているのではなく、JALに載せられ旅をするのです

おかげで最近話題のLCCに搭乗する機会が、今後しばらくはなさそうです

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映画「グラディエーター」の主な舞台となった「コロッセオ」にやってきました
映画の中での剣 闘士同士の闘いは迫力あるものでしたが、ここで2千人と言われる人々が闘いや猛獣の餌食になり命を落としていると考えるとちょっと複雑な思いです
 

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前日の夕方にも一度伺いましたが、午後3時半ということもあり入場させてはもらえませんでした
ちなみに閉館時間は日没の1時間前なんだとか
今日はそのリベンジ、ホテルで朝食をとってすぐに地下鉄でこのコロッセオに向かいました


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朝一番ということもあり地下鉄を降り見えてきたコロッセオ周辺はさほど混雑しているわけではありませんでした
もっとも入場ゲート特にチケット売り場はそんな時間にかかわらず人垣ができていました
そんなときこの「ローマパス」があれば入場できますので並ばずに済みます
それに加え、なんとローマパス用の入場レーンがありすんなり入場することが出来ました
これだけでもこのローマパスを購入した意味がありました
そうローマの観光名所はどこも混雑しているんです
 

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さっそくコロッセウム内部を覗こうと最上階へ
そこには朝日に輝くコロッセオが望めます
 

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こうした撮影ポイントはいくつもあるのですが、そこで気づいたことが一つ
イタリアに来てからというもの日本人に出合うことがありませんでした、どうやらここは日本人だらけ
ここコロッセオの午前中の公用語は日本語と思うくらい多かったんです

もっともこんな朝早くから観光しているわけですから、勤勉な日本人が多いのもうなずけます
ちなみに私たちがローマに行ったのは正月休みですから、当然日本人の比率も多かったのでしょう
そう言えば看板にも日本語表記されているくらいもともと日本人観光客が多い場所なのでしょうね


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さて1900年も現存するスタジアムなわけですが
なぜこんなものが造られたのか
ウィキペディアの「パンとサーカス」のページにはこう書かれていました

『パンとサーカスは、詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した。パンと見世物ともいう。ガス抜きや愚民政策の例えとしてしばしば用いられている言葉である。』

いわゆるバラマキ政策のため造られたんですね
民衆の不満を和らげると言う意味で、このコロッセオというものが非常に重要な役割を担っていたようです
ガス抜きや愚民政策は、なんだかどこぞの国の反日・抗日政策を髣髴させます


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さて写真はコロッセオから眺めたコンスタンティヌスの凱旋門です
この凱旋門が造られた後、ローマ帝国の東西分裂まで100年足らず
バラマキ政策ではローマの繁栄を持続することが出来なかったようです

先日教皇を選出するコンクラーヴェが行われたバチカン
その象徴ともいえるサン・ピエトロ大聖堂です
これはバチカン市国に入る前、イタリアはローマ側からの眺めとなります
 

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コロッセオでコンスタンティヌス帝の凱旋門を見た後は
これまたコンスタンティヌス帝が聖ペテロのものとされる墓を参拝するため造られたという
「サン・ピエトロ大聖堂」へ
見えない国境はこのキャンピングカーのある道路のすぐ先になります
 

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バチカン市国って小さいんですね
世界最小の国家とも言われています
ただ国家と言えどこの国を守る軍隊はおりません
もっともここを攻撃できる勇気のある国はないかと思いますが・・

警察に準ずる組織はあります、それが写真の
「市国警備員(スイス人衛兵)」
残念ながら特徴あるカラフルな服装は黒いコートに隠され見ることはありませんでした
 

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ここを訪れたのが大晦日
この日はミサが行われるとあってこの人垣です
いったい何万人いるうんだろうと思わせるほどでした
サン・ピエトロ広場をぐるっと3回りほど、上から見るときっと渦巻き状に並んだ人の列が見えたことでしょう


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サン・ピエトロ大聖堂の入場はあきらめ
広場の例のスポットへ
 

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そう4本の石柱が1本に見えるという「ベルニーニ」マジックが見られる例の場所から動画を撮影してみました
 


 

さてこのサン・ピエトロ大聖堂の入場はあきらめて、バチカン美術館に向かったところ
こちらもとんでもないほどの人の列が・・・・
 

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無計画にもほどがありますね
やはりバチカン美術館は人気のようで予約してこなければかなりの時間待たされそうです
この日はあきらめWebで予約してまたこちらもリベンジすることにします

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